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真夏の夜に

 身の毛もよだつような体験をしたことがあります。当時高校1年生だった私は、2階にある自分用の勉強部屋を出て1階へ降りようとした瞬間、階段横の両親が寝室にしていた和室を何気なく視線の端に捉えました。
 「えっ」
 私は見慣れたはずの光景の中に存在する、「異質な何か」を見つめていました。「異質な何か」が人であると私が認識したのは、その暗い影が正座をしていたからです。その人は首を左右に振っていました。
 「キャー」
 私は心の中で叫びつつ、和室に居る人物に気づかれないよう階段を下りました。居間に続く扉を開けると、母が台所で夕飯の準備をしていました。
 「和室に人が居る」
 座高から想像するにその人物が男性であるということまでは、恐怖のあまり母に伝えられませんでした。母はキッと険しい表情をつくった後、カチッとコンロのつまみを回し、炎を止めました。ゆっくりと階段を上る母の後ろをついていく私。武器になるような物を持って来なかったことへの後悔を抱きながらも、後戻りできず上り続けました。母が階段を上りきり、仁王立ちのまま和室を見渡します。背後から部屋の中を覗いた私はまだあの男が居ることを知り、声にはならない声で、「居る、居る」と母に伝えました。が、母には男が見えていないようで、「何処?」と何度も聞き返してきました。母に見えていないということは・・・。まさしく幽霊・・・。私はすっかり怖くなり、後ずさりました。しかし、そんな私とは対照的に、母はついに和室へと踏み込みました。
 「あぁ」
 止めようとしましたが、母は照明のスイッチを入れ、部屋に明かりが灯ります。
 「何処?」
 「あそこ」
 私が指を差した方向に向かって歩いていき、母はきっぱりと言い放ちました。
 「扇風機や」
 そう、視力が弱い私が暗闇の中に見つけた「正座をして、首を振っている男」とは、「静運転をしている、点けっ放しの扇風機」だったのです。暗闇の中に置かれた扇風機を横から見ていたため、扇風機の台座の部分が正座をしている足の部分に見えただけのことです。男が首を振っていた理由については私が話さずとも、賢明な読者の皆さん方はもうすでにお分かりになっていらっしゃることと思います。要するに私の完全な見間違いだったというわけです。母は無言のまま扇風機の「切」ボタンを押し、そのまま和室を後にしました。
 首を振らなくなった扇風機と私。夏特有の生温かい空気の中、和室の畳の上。私はまだ信じられない気持ちのまま、しばらく扇風機の傍に佇んでいました。
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プロフィール

●ミネルバネオ代表 石橋武
【経歴】
1974年/立命館大学経営学部を卒業し、㈱大阪読売広告社に入社
1994年/現代文講師出口汪氏と大学受験予備校S.P.Sを立ち上げるべく、㈱大阪読売広告社を退社。㈱ミネルバ代表取締役として、大阪、後に東京で大学受験予備校S.P.Sを経営。
2002年/大阪のS.P.Sにて、出口氏が開発した教材「論理エンジン」を使用した個人のお客様向け添削業務や国語特訓塾、学校様・塾様向けの「論理エンジン」販売や指導方法のレクチャーを開始。
2007年5月/㈱水王舎代表取締役に就任し、「論理エンジン」営業のみならず、書籍の企画・販売にも携わる。
2011年2月、㈱水王舎代表代表取締役を退任。
2011年8月/ミネルバネオを設立
趣味は読書、映画鑑賞。MC中心のお笑いオヤジバンドの一員でもある。

●共同執筆者(ペンネーム:モシャ)プロフィール
甲南大学を卒業しました。
ミネルバネオで働いています。
30代半ばを過ぎてしまいました。
よく聴く音楽はプリンス、レディオヘッド、シールなどです。
親戚は人間国宝(陶芸)です。ちなみに私の父方の祖父も陶芸家でした。

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