石橋 武の「多読乱読、言いたい放題!」033

 私が今まで読んだ本のうち、印象に残った本を紹介しています。

● 川端康成『眠れる美女』
 1961年作品。
 何故今、川端なのか?
 何度も映画化され、恐らく彼の著作では最も有名な『伊豆の踊り子』、ノーベル賞を受賞した『雪国』等々、題名は勿論、あらすじくらいは知っている。しかし、今日に至るまできちんとした形で読んだことがなかった。
 ある時、大学入試問題だったと思うが、非常に端正な日本語に出会った。なんと美しい日本語の使い方だろう。私は甚く感心した。その小文の著者が川端だった。いつか機会があれば、ちゃんと読んでみよう。その時にそう思った。その機会がやってきたようだ。
 さて、表題作。深紅のビロードのかあてんに囲まれた和室。真ん中に敷かれた蒲団。そこには一糸纏わぬ若い女がただただ深い眠りを貪っている。その傍らにそっと身を横たえる老人。老人はその女体の形状を仔細に観察し、手指でなぞり、発せられる匂いを嗅ぐ。まるで医師が客観的にその娘を捉えようとしているかの如く。老人の身内で何かが頭を擡げる。不埒な行動に出ようとする。しかし、止まる。肉体の疼きではなく、官能の疼き。自分がまだまだ現役だという自負と、既に年老いた人間だという現実の狭間で、老人の心は揺れる。傍らの眠れる若い女は、老人を過去へと誘う。過去の女たちの形状、匂い、交わした言葉が甦る。老人はひたすら甘美な過去をなぞるファンタジーに浸り、現実の「老い」から逃避する。その至福とも悔恨とも言える(現役であった)過去は、返って現在の自らの老いを曝け出しもする。それに抗うような捩じれた思索の中で老人は眠る。しかし、このファンタジーは「もう1つの現実(リアル)」の出現で破綻を迎える。2人の娘と添い寝をしていたのだが、夜半にその内の1人が死んだのだ。
 解説を担当した三島由紀夫は、この作品を絶賛している。舞台は恐らく伊豆の古びた和風の宿だ。そこで繰り広げられる淫靡な世界には、日本の伊豆という一地方を易々と超える普遍性がある。私には、ヨーロッパの秘密の娼館での出来事のように感じられた。それがノーベル賞という国際的な賞を受賞した遠因でもあるような気もする。しかし、私は最後までこの物語に入り込めなかった。この作品に「拒否された」と言ってもいい。揺れ動く老人の心にシンクロすることが最後までできなかった。
 『片腕』。シュールで秀逸な書き出しから、この奇妙な物語は始まる。貸してもらった娘の片腕を大切に雨外套の中に仕舞い込むようにしてもち、主人公は雨に煙る街に出る。娘の右腕を彼は丹念に観察する。右腕を貸してくれた娘を思う。そして、その腕の体温まで気にかける。薬局の奥から聞こえてくる奇妙なラジオ放送(素晴らしくファンタスティック!)を背に彼は歩く。突然、車の警笛が鳴る。おびえて指を握りしめた腕に彼は「心配ないよ」と言う。朱色の服を着た若い女が運転する車の、薄むらさきのテールライトが靄に溶け込むように消えていく。部屋に帰った彼は、娘の腕と語らい、添い寝をする。いたずら心から、自分の右腕と娘のそれとを付け替えてみる。娘の清純な血と自分の汚濁した血が混じり合うことを心配したが、そんなことはなさそうだった。そして彼はうっとりととろけるような眠りに引きずり込まれる。が、突然目を覚ます。なにかおぞましいものが自分の傍らにある。それは自分の右腕だ。慌てて娘のそれと付け替える。激しい動悸。寝床に投げ出された娘の右腕を見る。愛しさがこみ上げ抱きしめるが、その腕の生命はどうやら奪われてしまっているようだ……。この作品は『眠れる美女』と同じテーマに、より寓意を込めた傑作である。華麗なレトリックも堪能できる。さて、この短編を私なりに解釈してみると、鍵となるのは常に現れる二項対立だろう。『眠れる美女』では、「老いた男⇔眠れる若い娘」、この作品では「醜悪な男の性⇔清純な娘」。「老い」は男にとって「醜悪」であり、「眠れる娘」は「清純」である。そう考えるとまったくの相似形なのだ。そして、最後に「老いた醜悪な男の性」は「眠れる清純な娘」を殺してしまう。川端の懺悔ともとれるのではないだろうか?
 そのヒントになるのが最後の短編『散りぬるを』である。語り手は作家。そのうち、自分の女とすべく弟子としている2人の娘。時代のせいだろうか、それが当然の前提だとして交わされる主人公とその妻の会話が、何故か捩じれていて可笑しい。さて、その娘たちが顔見知りの若い男に惨殺された。自分が手に入れる前に若い男に殺されたのだ。だからか、その殺人者に対する怨嗟が凄まじい。
 川端自らの醜悪な男性性への悔恨の叫びを私は聞いたように思う。

★モシャの呟き
 もしも私が『片腕』の主人公なら。
 娘の右腕を、手のひらが天井を向くように自分の額につけ、「カブトムシ」というシュールな宴会芸を考案。披露している最中、なぜか娘にばれ、超怒られること間違いなし。
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プロフィール

●ミネルバネオ代表 石橋武
【経歴】
1974年/立命館大学経営学部を卒業し、㈱大阪読売広告社に入社
1994年/現代文講師出口汪氏と大学受験予備校S.P.Sを立ち上げるべく、㈱大阪読売広告社を退社。㈱ミネルバ代表取締役として、大阪、後に東京で大学受験予備校S.P.Sを経営。
2002年/大阪のS.P.Sにて、出口氏が開発した教材「論理エンジン」を使用した個人のお客様向け添削業務や国語特訓塾、学校様・塾様向けの「論理エンジン」販売や指導方法のレクチャーを開始。
2007年5月/㈱水王舎代表取締役に就任し、「論理エンジン」営業のみならず、書籍の企画・販売にも携わる。
2011年2月、㈱水王舎代表代表取締役を退任。
2011年8月/ミネルバネオを設立
趣味は読書、映画鑑賞。MC中心のお笑いオヤジバンドの一員でもある。

●共同執筆者(ペンネーム:モシャ)プロフィール
甲南大学を卒業しました。
ミネルバネオで働いています。
30代半ばを過ぎてしまいました。
よく聴く音楽はプリンス、レディオヘッド、シールなどです。
親戚は人間国宝(陶芸)です。ちなみに私の父方の祖父も陶芸家でした。

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