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石橋 武の「多読乱読、言いたい放題!」073

 私が今まで読んだ本のうち、印象に残った本を紹介しています。

● 中村文則『世界の果て』
 2009年上梓。
 『月の下の子供』——この短編は『土の中の子供』と対を為す再生の物語だ。再生という意識の変革には、再誕生というモチーフが必要だ。それが「土」=「胎内」であり、今作では「水」=「羊水」というメタファーによって為される。「鬱」に取り憑かれた主人公の思考と行動、その彼を取り巻く、この世ならざるものとの交わりや、閉ざされた一家の血縁同士の凄惨な生殖行為の顛末など、どこまでも救いのない状況が濃密に描き込まれる。
 『ゴミ屋敷』——これは素晴らしいスラプスティック小説だ。妻を亡くし、意識を失った(まったく動かなくなった)主人公は、意識を回復した後、鉄と木材を使い、自宅を「バベルの塔」に改造してゆく。介護のために弟が雇った女や、その弟、周辺住民、市役所職員など周辺のドタバタを全く感知しないかのように、黙々と建設し続ける。そして、ある日、その「塔」は重力に屈し崩壊する。再び意識を失った主人公は、全く普通の人間となり、72歳まで生きる。「バベルの塔」=「ゴミの塔」は、死んだ妻の元へ、己を届かせたいという意志の発露だったのか?
 『戦争日和』——これも奇妙な物語だ。理想的な自殺機械を作ろうとしている男。それをポジティブ思考で止めようとする不動産会社の社員。止めることに成功した社員は、彼に空を見よという。「空は高くどこまでも澄んで、青かった。まるで僕を蔑むように、自らの美しさを自慢するように、あまりにも巨大な姿で、僕を見下ろした」。生きることは難しい、と言っているようだ。
 『夜のざわめき』——悪夢の小説化。喉の渇き。極彩色の乱舞。さざめき、ざわめき、少女に引率されならが辿る奇妙な居酒屋での「胎内巡り」の末に、主人公は自らのねぐらである、自動販売機(「生」の象徴?)に行き着くのだ。
 『世界の果て』——連作短編と謳われているが、自分の部屋で死んでいた見知らぬ犬を棄てにいく男の話の真ん中に、それぞれにテイストの異なる小さな物語が三編挟まっているような体裁だ。
 最初の話は、犬を棄てにいく過程で、私(最初の主人公)は様々な奇妙な人たちや出来事に遭遇する。
 次の話の主人公は、「犬と自分とを首輪で結んでいる男」の絵を描いている男。自動販売機で珈琲を買おうとしたとき、「俯せに気をつけの姿勢」で寝転がりながら舌を伸ばし、主人公のアキレス腱を舐めてくる黒い背広を着た中年男に戦慄する、という悪夢を見る。主人公はその悪夢に導かれるように夜の町へ出、犬を棄てにいくという男と言葉を交わし、河原でホームレスと知り合う。そのホームレスは現実の世界に戻るので、彼はそのビニールハウスを譲り受ける。いわく因縁のある開発予定地に立つ看板を抜き去り、空を舞う不吉な鴉の群れが作る「亀裂」に怯える。再び自分の部屋に戻った彼は、その「亀裂」をキャンバスに描くため、黒色を作るのだ。
 次の話は、引きこもりの高校生が内なる声(=カミ)に導かれ包丁を購入する。その後、その声は聞こえなくなり、焦躁の中で見知らぬ他人を刺しにいく。
 そして、次ぎの主人公はフリーのルポライター。ある失踪者を探すために雇われた探偵が行方不明になった。その探偵の友人が探偵を探しにいき、また行方不明。それを記事にしたい、と編集長から依頼される。主人公であるフリーのルポライターは、消えた2人の人間が泊まった旅館へと赴く。そこは自殺の名所として名高い○○樹海の入り口でもあった。そして……。
 これらの話に共通するテーマは「孤独」だろう。「孤独」をどう宥めるか。それはどう生きていくかと同質の問だ。繰り返し出てくる「犬」は何のメタファーなのか? 死んでいる犬、死へと誘う犬——著者自身の解説によれば、「犬」は「自分の内面が持っている歪み」とのこと。それと正面から対峙し、それを乗り越えようとする営為こそ「生きる」ということではないか、とこの作品集は言っているような気が私にはする。

★モシャの呟き
 上記、「自動販売機で珈琲を買おうとしたとき、俯せに気をつけの姿勢で寝転がりながら舌を伸ばし、主人公のアキレス腱を舐めてくる黒い背広を着た中年男に戦慄する、という悪夢を見る」という箇所を読んで思いました。夢の中とはいえ、主人公、舐められる前に男の存在に気づこうよ。
 自動販売機で「当たり」が出てしまい、もう1本を何にするかを悩んでいたのなら、わかるんですが。
 あるいは、お金をいれたのにボタンを押しても珈琲が出てこないとか。
 あ、あと、何回お金を投入しても返却口にお金が戻ってくるとか。
 って、「自動販売機あるある」を語ってもしょうがないですね。つい夢中になってしまい、すみませんでした。
 それにしても、上記に「これらの話に共通するテーマは『孤独』だろう」とありますが、私は「孤独」ではなく、「ホラー」だと思います。こわいよ、本当にこわい。
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プロフィール

●ミネルバネオ代表 石橋武
【経歴】
1974年/立命館大学経営学部を卒業し、㈱大阪読売広告社に入社
1994年/現代文講師出口汪氏と大学受験予備校S.P.Sを立ち上げるべく、㈱大阪読売広告社を退社。㈱ミネルバ代表取締役として、大阪、後に東京で大学受験予備校S.P.Sを経営。
2002年/大阪のS.P.Sにて、出口氏が開発した教材「論理エンジン」を使用した個人のお客様向け添削業務や国語特訓塾、学校様・塾様向けの「論理エンジン」販売や指導方法のレクチャーを開始。
2007年5月/㈱水王舎代表取締役に就任し、「論理エンジン」営業のみならず、書籍の企画・販売にも携わる。
2011年2月、㈱水王舎代表代表取締役を退任。
2011年8月/ミネルバネオを設立
趣味は読書、映画鑑賞。MC中心のお笑いオヤジバンドの一員でもある。

●共同執筆者(ペンネーム:モシャ)プロフィール
甲南大学を卒業しました。
ミネルバネオで働いています。
30代半ばを過ぎてしまいました。
よく聴く音楽はプリンス、レディオヘッド、シールなどです。
親戚は人間国宝(陶芸)です。ちなみに私の父方の祖父も陶芸家でした。

・当ブログの内容について、無断掲載、転用を禁じます。

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