石橋 武の「多読乱読、言いたい放題!」111

 私が今まで読んだ本のうち、印象に残った本を紹介しています。

●村上春樹『TVピープル』。
 1990年上梓。
 1989年に発表された短編と書き下ろし2編で編まれた短編集だ。
◆「TVピープル」:日曜日。妻が不在で所在なげにソファに寝転がっていた。突然3人のTVピープルが現れ、SONYのテレビを設置して帰って行った。TVピープルは人間をそのまま70%くらいに縮小したような体躯をしている。だから、遠近法が狂ったように見える。帰ってきた妻は、テレビが置かれ、通常ではない部屋の様子なのに何も言わない。翌日、会社にもTVピープルが現れる。しかし、誰も彼らのことに言及しない。TVピープルが彼らを無視して行動しているように、無視される側もTVピープルを無視しているようだ。その夜、家に現れたTVピープルは、飛行機を作っていると彼にその様子をテレビを通じて見せる。どう見ても飛行機ではなく、オレンジ絞り器にしかみえない。そして、TVピープルは言う。「奥さんはもう帰って来ない」と。恐らく、『1Q84』における「リトルピープル」の原型だろう。疼きの兆候——「ックルーズシャャャタル・ックルーズシャャャャャタル・ッッッッックルーズムムムス」、廊下を歩く音——「カールスパムク・ダブ・カールスパムク・ダブック・カールスパムク・クブ」、物事を簡単に片付ける様——「サリュッッップクルゥゥゥツ」、時計の音——「タルップ・ク・シャウス・タルップ・ク・シャウス」など、繰り返される著者独自の「オノマトペ」が少々煩い。
◆「飛行機——あるいは彼はいかにして詩を読むようにひとりごとを言ったか」:言葉ありきの小品。「僕はまるで/詩を読むみたいに/ひとりごとを言う」。これに繋がる男女の会話。そのひとりごととは、「飛行機/飛行機が飛んで/僕は、飛行機に/飛行機は/飛んで」だけど、飛んだとしても/飛行機が/空か」というもの。引用部分が恐らく先にあったのだろう。それを繋げ、物語の体裁をつけたもの。
◆「我らの時代のフォークロア——高度資本主義前史」:高校時代の理想のカップル。その内実がイタリアの街で偶然に再会した男友だちの口から赤裸々に語られる。身についた壁。心の壁。そんな壁の中でしか生きられなかった彼女。『回転木馬のデッドヒート』最新版といった趣き。とても良い。
◆「加納クレタ」:水の音を聴く姉・マルタ。物心付いた時から、意味もなく男に暴力的に犯され続ける妹・クレタ。隠れ住んでいたが、火力発電所の設計で自信をつけ、外界へと身をさらす。やがて、死神が現れる。そしてクレタを犯し、殺害する。冥界でクレタは自分が内に持つ「水の音」を聴くのだった。「れろっぷ・れろっぷ・りろっぷ——私の・名前は・加納クレタ」。『ねじまき鳥クロニクル』へのフラグメント。
◆「ゾンビ」:真夜中、墓地の横の道を歩く1ヶ月後に結婚を控えた男女。男がいきなり、女の欠点をあげつらう。がに股だ、右耳の中にあるみっつのほくろ(下品だ!)、腋臭(夏に出会っていたら付き合わなかった!)、襟の汚れ、趣味の悪いイヤリング、太った母親(豚だ!)etc.。「そんなに嫌ならどうして結婚しようとするの?」「お前を食らうためさ」。そして、彼はゾンビになり、彼女に襲いかかる。気がつくと、湖畔のリゾートホテルの一室。ベッドの中で男に抱かれている。怖い夢を見た。彼女は彼に尋ねる。「私の耳にひょっとしてほくろがある?」「ひょっとしてそれは、右耳の中にある品のないみっつのほくろのことかな?」(下線筆者)。悪夢の無限連鎖。息抜き的小品か。
◆「眠り」:主人公は専業主婦。17日間、眠らない。いや、自らの意志は全く関係ない。眠れない。いやいや、もっと強烈だ。覚醒している。覚醒したままだ。「眠り」は個人の持つ行動・思考の「傾向」をクールダウン(中和)させる役割を持つ。家族が寝静まった夜。夫の、夫によく似た息子の寝顔を見る。惚けたように眠るその顔に違和感・嫌悪感を感じる。「傾向」を何の抵抗もなく受け入れている寝顔。人生のほとんどが「傾向」なら、人生って何だ? 私は、私の実感ある「生」を生きる。だから、「眠り」は不要だ。戸惑いから確信的不眠へ。深夜、トルストイの『アンナ・カレーニナ』を何度も読み、ドストエフスキーにも手を伸ばす。気が向けば、愛車を転ばせ、夜の町をドライブする。とても充実していた筈だが、急にある考えに取り憑かれる。それは「死」についての考えだ。「眠り」と「死」は違う。「死」は果てしなく深い覚醒した暗闇だ。その考えに途轍も無い恐怖を覚える。思わず愛車に飛び乗る。深夜の駐車場。深甚な恐怖と闘っている時、誰かが呼びかけてくる。無視していると、今度は車が揺さぶられる。車のキーを回すが、エンジンはかからない。リアルな恐怖が襲ってくる……。
 『我らの時代のフォークロア——高度資本主義前史』と『眠り』が私的ベストだ。
● モシャの呟き
 SONYのテレビを設置していったということなんで、TVピープルはSONYの人間かと思ったんですが、わからないですね。
 ヨドバシカメラかもしれないし、エディオンかもしれない。
 無料でTVをくれたみたいなので、案外どっかの富豪? いや、ってか、「奥さんはもう帰って来ない」ってことは、TV代金は奥さん?
 私の代わりに置かれるTVが小さなTVだったら嫌だなぁ。
 ブラウン管のTVだったら、もっと嫌だなぁ。痛烈な皮肉のようで
最新記事
月別アーカイブ
プロフィール

●ミネルバネオ代表 石橋武
【経歴】
1974年/立命館大学経営学部を卒業し、㈱大阪読売広告社に入社
1994年/現代文講師出口汪氏と大学受験予備校S.P.Sを立ち上げるべく、㈱大阪読売広告社を退社。㈱ミネルバ代表取締役として、大阪、後に東京で大学受験予備校S.P.Sを経営。
2002年/大阪のS.P.Sにて、出口氏が開発した教材「論理エンジン」を使用した個人のお客様向け添削業務や国語特訓塾、学校様・塾様向けの「論理エンジン」販売や指導方法のレクチャーを開始。
2007年5月/㈱水王舎代表取締役に就任し、「論理エンジン」営業のみならず、書籍の企画・販売にも携わる。
2011年2月、㈱水王舎代表代表取締役を退任。
2011年8月/ミネルバネオを設立
趣味は読書、映画鑑賞。MC中心のお笑いオヤジバンドの一員でもある。

●共同執筆者(ペンネーム:モシャ)プロフィール
甲南大学を卒業しました。
ミネルバネオで働いています。
30代半ばを過ぎてしまいました。
よく聴く音楽はプリンス、レディオヘッド、シールなどです。
親戚は人間国宝(陶芸)です。ちなみに私の父方の祖父も陶芸家でした。

・当ブログの内容について、無断掲載、転用を禁じます。

カテゴリ