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母のクレープ屋

 前回の続きです。
 母のクレープ屋の開店初日。
 私と弟は、行き先がわからないまま、いきなり父に車に乗せられ、クレープ屋に連れて行かれました。「お母さんがクレープ屋、開業したんや。わしは反対したんやけど」とのこと。
 店で働く母を遠目で見ながら、父は「お母さんが、どうしてもやりたい言うて、わしの言うことを聞かんから、とりあえず店やらしたんや。けど、そのうちやめたなるやろ」と言い、停めた車の横で、煙草を吸い始めました。
 煙の向こうの、信じられない光景を見ながら、私は言葉も出せないぐらいの衝撃を受けました。母の店の前には、おそらく父が経営している会社関係の方々からいただいた開業を祝う花輪が幾つも飾られ、お客様が沢山並んでいらっしゃいました。開店初日なので、通常価格よりも安く買うことが出来るため、沢山の方々が買いに来られていました。
 「あれな、内装、100万もかかったんや。アホらしいわ」
 父は煙草をアスファルトに叩きつけ、靴底でそれを踏みつけました。父に踏み潰された煙草は、私には、母の強い意志に踏み潰された父自身のように見えました。
 「行こか。アイス食べたらええ」
 父に連れられ、私たち兄弟は母の店に入り、アイスクリームを食べました。
 正直、目の前の現実を現実と思いたくない私が居ました。
 平日は朝から夕方まで父の会社で働き、夕方から閉店の22時頃までクレープ屋、土日は1日中、クレープ屋という生活を、母は3年間続けました。
 当然家事はおろそかになり、というか、母は家事をやりたくないから仕事を優先していた節があり、家族はみな、困っていました。
 ちなみに父の会社は儲かっていたため、母が副業をする必要は、全くありませんでした。
 そして、父の「この店、トントンやったら、意味ないやろ。もう、納得したやろ。やめようや」という発言により、店を閉めることになりました。
 が、母は納得などしていないと私は感じていました。短大の家政科を出た母にとって、飲食店を出すのは夢だったはずだからです。しかし、父は強引に店を閉めました。
 それにしても、収支トントンだったというのが、私には意外でした。完全なる赤字だと思っていたので。
 閉店を決めた後、父はクレープ屋の従業員の方たちを高級な鰻屋に招待し、嬉しそうでした。従業員の方々も、すでに次の仕事が決まっており、みなさん笑顔でした。
 終始、明るい雰囲気の宴席でした。
 暗く、薄く。
 笑みを浮かべた、母一人を除いては。 
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プロフィール

●ミネルバネオ代表 石橋武
【経歴】
1974年/立命館大学経営学部を卒業し、㈱大阪読売広告社に入社
1994年/現代文講師出口汪氏と大学受験予備校S.P.Sを立ち上げるべく、㈱大阪読売広告社を退社。㈱ミネルバ代表取締役として、大阪、後に東京で大学受験予備校S.P.Sを経営。
2002年/大阪のS.P.Sにて、出口氏が開発した教材「論理エンジン」を使用した個人のお客様向け添削業務や国語特訓塾、学校様・塾様向けの「論理エンジン」販売や指導方法のレクチャーを開始。
2007年5月/㈱水王舎代表取締役に就任し、「論理エンジン」営業のみならず、書籍の企画・販売にも携わる。
2011年2月、㈱水王舎代表代表取締役を退任。
2011年8月/ミネルバネオを設立
趣味は読書、映画鑑賞。MC中心のお笑いオヤジバンドの一員でもある。

●共同執筆者(ペンネーム:モシャ)プロフィール
甲南大学を卒業しました。
ミネルバネオで働いています。
30代半ばを過ぎてしまいました。
よく聴く音楽はプリンス、レディオヘッド、シールなどです。
親戚は人間国宝(陶芸)です。ちなみに私の父方の祖父も陶芸家でした。

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