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ワタミ渡邉美樹さんとダイエー中内功さん

 先日ネットで、「代表取締役会長兼グループCEO渡邉美樹さん率いるワタミが、既存の居酒屋業態ではなく、新しく始める焼肉事業を主幹事業にする予定」というような内容の記事を読みました。
 「特急レーン 焼肉の和民」という名前のお店らしいです。
 既に開店しているお店は、大盛況だそうです。
 「私が学生時代に、父が事業に失敗したことも、自身が起業しようと思った気持ちの根底にある」というような内容の記述を渡邉美樹さんのご著書で読んだ記憶があります。
 そして、今、ご自身が後期経営者人生を賭ける勝負の時を迎えていらっしゃいます。
 私は以前、書店で渡邉美樹さんのご著書を手に取った時に、「そういえぱダイエーの中内功さんも、ご著書を出されていたはず」と思い出しました。
 中内功さんは、事業を拡大し続けました。しかし、あるとき、中内功さんの夢は砕け散りました。
 どんな気分だったのでしょうか。
 自らが心血を注ぎ築いてきた夢が、儚く弾け散るのを見るのは。
 想像するだけで、しんどいです。
 かつて私の知り合いは、ダイエーが経営している神戸のステーキ店で働いていました。「中内さんが、時々視察に来る」と知り合いは言っていました。
 神戸まで自ら視察に来ていた中内功さん。
 その数年後、私は「中内功さんは、サボっているわけではないのに、経営が傾くなんて」とダイエー関連のニュースを見て、不思議な気分になりました。
 一生懸命やったかどうかなんて、会社経営には関係ないのだと思います。「一生懸命やったら報われる」という考えは通用しません。会社経営は、それぐらいシビアな世界です。
 「一生懸命やったのに」とか、「会社は私を見ていない」とか、いかにもサラリーマンが言いそうなセリフを吐いても、何の意味もありません。
 会社経営の神様がいるなら、空の上で、その言葉を聞きながら、ニヤニヤしていることでしょう。
 会社経営は、金を回してナンボの世界です。
 あと、「いい人」な経営者は、むしり取られて終わりです。ただ、「いい人」でも運が良ければ、案外どうにかなります。
 本当は、この「運」がかなり厄介なんですが。残念ながら、かなり運に左右されます。つまり、大部分が自分の力だけではコントロールできないという、恐ろしい世界です。
 前述の大規模な会社の大物たちとは比べものにならないのですが、私の父は多い年で、年商1億5千万ぐらい(私の推測です。)の会社の代表取締役社長をしていました。また、家人も年商2億ぐらい(当時本人から具体的な数字を聞きました。)の会社の代表取締役社長でした。
 会社経営は、とにかく大変だと思います。死ぬか生きるかの瀬戸際を味わうことがあります。
 私はネット上に溢れる、起業を勧める記事を読みながら、「うわー。こういう記事を真に受けて、会社を辞めちゃう人がいるんだろうなぁ」と思い、いつも暗澹とした気分になります。

スミマセン、訂正です。

 前回の訂正です。
 前回ブログに「地獄の窯の蓋」と書いてしまっていました。
 正しくは「地獄の釜の蓋」ですね。
 「窯」って…。
 「地獄で俺たちがピッツァ作りをしているとでも思ってるのかよ?」と鬼さんたちから突っ込まれそうですね。
 スミマセンでした。鬼さん&皆さん。
 正しくは、「釜」です。
 前回ブログはこっそり直しておきますね。
 ちょっと最近ボンヤリしていますね、私。
 こんなんではダメなんで、次のブログは、久しぶりにピリピリした話題にしてみます。

前回の「地獄の蓋は2度ひらく」について

 文章を書いた後、バッサリ削った部分があり、ちょっとわかりにくいお話になっていることに、アップした後に気づきました。
 スミマセン。
 地獄の蓋についての私のイメージは、蓋に「誰々との結婚」とか「××への転職」と書いてあり、その蓋を開けて中に入る感じです。で、入ってしまって鬼に捕まり、こんなはずじゃなかった的な。
 なので、1年に2回開くとされる、「地獄の釜の蓋」についてのお話ではないので、よろしくお願いします。
 紛らわしくてスミマセン。
 

地獄の蓋は2度ひらく ※「わしの元恋人」「わしの庭、難波・心斎橋にて」の続きです。

 父は20代の頃、電気関係の会社員で、営業担当でした。そして、その会社に新入社員である母が入社してきた、というところまで前回お話ししました。
 母は、当時まだ珍しかったであろう、電子レンジの試食販売をその会社で担当していました。家電販売店の店先などで電子レンジで作ったものをお客さんに試食してもらい、電子レンジを売る係でした。しかし、母は、トークが下手でした。そこで、営業である、トーク上手な大阪人の父が、トーク担当になりました。父が電子レンジについて熱く語ると、電子レンジは飛ぶように売れました。
 そんなこんなで、母と父は結婚しました。
 が、結婚後、母と母方の親戚に色々とだまされ、父は大阪の会社を辞め、大阪から神戸に連れてこられたらしいのです。だまされたと気づいた時には、どうしようもなかったため、電気関係の会社を27才で開業し、社長となりました。開業後の数年間は、毎日長時間働いた後に資格試験の勉強という、かなりハードな日々を過ごしたそうです。
 「だまされた」というのは、父の主観です。
 が、とにかく父は、母を恨んでいました。酒を飲むとイヤな過去を思いだすようで、私によくグチっていました。
 皆さんも、地獄の蓋を、開けないようにお気をつけください。
 

年末年始と大人の世界

 2020年大晦日と2021年お正月は、かなり美味しいものを食べました。
 寿司、ステーキ、フォアグラ、ローストビーフにしゃぶしゃぶ。
 ダメ人間になりそうです。
 4日間連続で豪華で美味しいものを食べたのは、久しぶりでした。毎年、年末年始の4日間のうち2日は、よくわからない料理を食べていたので。
 よくわからない料理とは、例えばグルメイドステーキという安い5枚入りパック400円ぐらいのハムステーキ1枚と目玉焼きとご飯のみ、とかです。これはこれで美味しいんですが、年末年始っぽくないですよね。
 でも、今年は奮発しました。
 ストレスが溜まっていたんだと思います。
 あと、今年からプライベートな年賀状をやめたため、めちゃくちゃ気楽でした。年賀状作りという義務から解放され、「なんで今まで書いていたのか…。こんなことなら、20年ぐらい前からやめておけば良かった」と思いました。
 「今年こそ会いましょう」
 私はいただいた年賀状に、そう書かれているのを読むのが苦痛だったんですよ。本気で会いたいと思っている人と社交辞令で言っている人との区別がわからないので、私はモヤモヤしました。
 で、「この人、まさか本気で言ってないだろう」と思った人に対して、私が翌年の年賀状に社交辞令のつもりで、「会いたいですね」と書いて送ると、案外「いつにしますか?」と連絡が来たりしたんですよね。
 あれれ? です。
 そこで、「いや、忙しいから無理なんだけど。困った」とよくなりました。でも自業自得ですよね。
 まぁ、そんなことも、年賀状をやめてしまえば解決です。
 このご時世で会うのは難しいので、今年の年賀状には、「落ち着いたら会いましょう」と皆さん書かれたんでしょうね。
 しかし、社交辞令なんで、落ち着いても絶対に会わないつもりだったり…。
 なんか、大人の世界だなぁと思います。

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プロフィール

●ミネルバネオ代表 石橋武
【経歴】
1974年/立命館大学経営学部を卒業し、㈱大阪読売広告社に入社
1994年/現代文講師出口汪氏と大学受験予備校S.P.Sを立ち上げるべく、㈱大阪読売広告社を退社。㈱ミネルバ代表取締役として、大阪、後に東京で大学受験予備校S.P.Sを経営。
2002年/大阪のS.P.Sにて、出口氏が開発した教材「論理エンジン」を使用した個人のお客様向け添削業務や国語特訓塾、学校様・塾様向けの「論理エンジン」販売や指導方法のレクチャーを開始。
2007年5月/㈱水王舎代表取締役に就任し、「論理エンジン」営業のみならず、書籍の企画・販売にも携わる。
2011年2月、㈱水王舎代表代表取締役を退任。
2011年8月/ミネルバネオを設立
趣味は読書、映画鑑賞。MC中心のお笑いオヤジバンドの一員でもある。

●共同執筆者(ペンネーム:モシャ)プロフィール
甲南大学を卒業しました。
ミネルバネオで働いています。
30代半ばを過ぎてしまいました。
よく聴く音楽はプリンス、レディオヘッド、シールなどです。
親戚は人間国宝(陶芸)です。ちなみに私の父方の祖父も陶芸家でした。

・当ブログの内容について、無断掲載、転用を禁じます。

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